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転勤

 1年ほど前に、横浜市内の病院に転勤となりました。

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 これまで20年近く、大学の教員という職で過ごしてきましたが、大学卒業後の短い研修以来、本当に久しぶりに病院に勤務することになりました。
 慣れないところで、いきなり激務の日々となり、ここ1年ばかりは(心理的に)とても定期的にブログを更新するような状況になく、しばらくあばら家にしてしまいました。

 先日、「ブログレポート」が来た際に、なんと半年ぶりに自分のこのページを開いてみたら、なんとコメントを一つ頂いていたりしました。

 ようやく、ちょっと仕事のペースがつかめてきたこの頃、これからごくたまにでも、また何かを書いていこうかと思っています。


タグ:転勤

金沢へ出張 -- 1時間だけのそぞろある記 [旅行やお出かけ]

先週の土曜日、学会出張で金沢へ行ってきました。

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 金沢へは、これまでも何度か訪れたことがあるのですが、いずれも同様の出張のためで、これまで市内を見て歩くと言うことができませんでした。
 今回、仕事の合間をぬって、わずか1時間ほどではありましたが、初めて市内の様子を眺めてきました。

 学会をやっていた場所から、香林坊、片町という繁華街を抜けて、犀川のほとりまで来ました。
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橋の名前は「犀川大橋」だそうですが、銘板は「橋大川犀」となっています。 最近は、この程度の大きさの橋でこんな立派なトラスが架けてあるのは珍しくなったような気がします。 橋の建設が大正11年ということで、納得しました。

 ここで川沿いに曲がりましたら、偶然にもそこはこんな名前の道でした。
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 この辺から見える風景は、何となく京都の賀茂川に似ているような気がしました。
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 少し歩いていきますと、その道の名前どおり、犀星の詩碑がひっそりと立っていました。
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刻まれていたのは「小景異情」の一節でした。
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筆跡は明らかに犀星自身のものと思われます。

 同時代の詩人でも、たとえば萩原朔太郎などに比べ、犀星の詩は私にとって、心に響いてくるまでに時間がかかりました。 朔太郎の詩はあくまでも直截に、赤裸々に心情を開陳したものが多いと思いますが、犀星の詩はそこに込められた意図も、文体も、こういうものを一番読んでいた高校生のころの私にはまだ「難しかった」ような気がします。 でも、今では犀星の詩の重みを少しですが感じられるようになりました。
 20年ぶりくらいに思いがけず旅先で出会った、この短い一節でしたが、つい昨日読んだかのような、既視感にも似た不思議な感情にとらえられて、しばらくこの碑の前を動けませんでした。

 この詩碑の裏手にも、地元の歌人や俳人の作品を刻んだ碑がいくつかあって、さながら文学館の前庭のような様相でした。
 その中の一つ。 明治時代、村上賢三という地元のお医者さんの作品を刻んだもの。
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   『犀川の雪消しの水の音高く遠さかれどもなおも聞こゆる』
・・・ なんか、シューベルトの「菩提樹」の詩を思わせる歌だな ・・・ と思って、印象に残りました。

 ここらから適当に曲がって、城下町らしい細い路地を抜けてみました。
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昔ながらの板塀、由緒ありげな石の道標、そして、細い路地をその幅いっぱいに抜けてくる車 ・・・ なんか、レトロ趣味のジオラマにミニカーを走らせているみたいな光景を見ることができました。

 もう少し進むと、名前を忘れてしまったのですが、こんな味のある風景の商店街に出ました。
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 こんなのが八百屋さんだったり
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 こんなのが肉屋さんだったり
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ということで、懐かしい気持ちでいっぱいになります。

 また、たまたま私の歩いたところがそうだっただけかも知れませんが、この町には骨董屋とか古道具屋とかがずいぶん多いな、という印象を受けました。
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 そろそろ学会場に戻らなくてはならないな- (-_-; ということで、戻る方向に足を進め、その名も「百万石通り」という大通りに出ました。
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でも、こんな町の中心の大通りにも、掘り割りという昔懐かしい光景を目にして心が和みます。

 四高記念館。
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私は家族や親類縁者を含め、旧制四高に縁のある人など誰もいないのですが、大学なんていうところに勤めていると、こういう歴史的な教育機関のというのはやっぱり興味があります。 特に四高は多数の著名人や文化人を輩出した校風のところですからなおさらです。
 でも今回、この中に入ってその建物や展示を見る時間がどうしてもなかったのが痛恨事でした! 次回の訪問の時には是非と思っています。

 金沢市内には、主な観光名所や旧跡などのポイントに立ち寄りながら走る「ぶらっとバス」というのがあって、とにかく町中至る所で何度も見かけました。 犀星の詩碑のところを通る路線なんかもあったようです。
 そして、バスがフォルクスワーゲンなのがなんともおしゃれでした。
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 わずか1時間ほどの町歩きはあっという間に終わってしまって、学会場まで戻ってきました。 道路には、裏路地の隅々にまで融雪用の散水装置(名前を知りませんが)が張りめぐらされているのに驚きました。 
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雪国に暮らしたことのない私には、こういうのはとてももの珍しく感じられます。

 また学会場の中へ。
 あまりにも短い町歩きでしたが、今回の学会は勉強になることが特に多く、実りが多かったので、まあ仕方ないでしょう。
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 帰途、小松空港にて。
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今回は台風12号の影響で、行きも帰りも飛行機はずいぶんと揺れてちょっと怖い思いをしました。
帰りは、機長のアナウンスによると、台風からできるだけ離れて飛ぶべく、北寄りのコースに迂回して飛んだとのこと。 羽田空港の混雑のために旋回していた時間などもあり、結局定刻より30分も遅れて到着しました。

 金沢のおみやげのことは、私は何も知らないので、デパートでお店の人に薦められるがままにいくつか。

 甘清堂というところの大福。 とにかく豆の粒が大きいのが印象的。
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ピナが先日、ちり紙で大福を作りましたが、それにちなんでこれを買っていってあげました。

 仕事場には 小出という菓子司の「三作せんべい」、「柴舟」。
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「柴舟」はショウガの入った、独特の辛みが甘みと混じった、不思議な味のせんべいで、私は気に入りました。

 やはり古い城下町のようなところを歩くのはいいものです。 ですが金沢城趾、兼六園などはまだ行ったことがありません。
 また訪れたいと思います。
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最近のピナの作品より [子どもたち]

夏休みの仙台・陸前高田帰省時の記録がまだ未完成なのですが、また忙しくなってしまいどうもうまくまとめきれません。

それとは関係のない、ピナの最近の手仕事の様子をちょっと書くことにしました。

ピナは最近ますますお絵かきやら工作やらに手が込んできました。 ヒマさえあればなんか描いたり作ったりしています。 まあ悪いことではないので、自由にやらせています。

最初は、先日の仙台帰省時のもの。
「パソコン」 だそうです。
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ノートパソコンでしょう、お絵かき帳の向こう側のページがディスプレイ、手前側のページがキーボード、ということのようです。 右に置いてあるおむすびのようなものは・・・ マウスなんだそうです。
 
それでこの作品のミソは、
マウスをクリックすると・・・
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と画面が変わり、 またクリックすると・・・
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という具合に、全部で10ページほども画面を書き、自分で「かちっ、かちっ」などといいながらクリックしては画面を切り替えて(?) 遊んでいました。
ちなみに、画面の絵の右側には 「もうど ちぇんじ」 (モードチェンジ)の字が見えます。 プリキュアの影響でしょうか。


 1週間近くもいた仙台を離れて帰るとき。 おじいちゃんが 「ピナたちがいなくなって、また寂しくなるなー」 と言っておりましたら、ピナが 「じゃあ、ピナがお土産を置いていってあげるね」 と言って作ったのがこれです。
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これはなかなかすごいと思いました。 ちり紙を丸め、セロテープで押さえて、マジックで黒豆を描いて作った大福餅。 遠くから見たとき、私は本当の大福が置いてあるのかと思いました。

おじいちゃんに置いて行くべく、風呂敷に包んでいるところ。
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最終的にこれにはジュンも参加して、大福におにぎりを加え、(それぞれのおにぎりの味を区別していたが、どれがどれだか忘れてしまった)、ちょっとしたお弁当が出来上がりました。
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次は幼稚園の預かり保育で作ってきたかご。
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先生の話では、放射状の骨組みだけがまず与えられて、それに自分で色を選びながら紐を巻いていって、このようなかごを作るとのことでした。

よく見ると、けっこう丹念に紐を巻き付けた後が分かって感心しました。
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少し経ってから見たら、早速なんかガラクタ(こんなことを言ったらピナに怒られるか)を入れていました。
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お財布・カード入れ。 手近にあった、セロハン紙のような材質のおりがみで作りました。
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いつもながらピナの作品は色使いがアヴァンギャルド。

で、ちゃんと開きます。
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止めるためのポッチが描いてあるのがご愛敬。

そして、中にはカード(ピナの話ではSuica)が入れてありました!
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-- おまけ --
雨でサッカー練習が中止になってしまったジュン。
ピナが盛んにいろいろ作っているのを手持ち不沙汰そうに見ていましたが、図工の本を開いて、適当にあったものを作り出しました。1時間ほどかかって完成。 牛乳パック利用の船です。
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ミソは、後ろに着いているスクリュー(と言うか、回転方向からすると外輪)。 ゴム動力でちゃんと回ります。風呂の時浮かべてみたら、ちゃんと前進しました。2秒くらいしか回転が持ちませんが・・・
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陸前高田行、およびお墓参り [旅行やお出かけ]

 私の父の実家は岩手県陸前高田市です。 つい先日までは、よほどあの辺の地理に詳しい人以外は知っている人がいない町でしたが、このたびの津波で、日本で一番有名な町の一つになってしまいました。

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 それはともかく、今回の訪問の目的はお盆の墓参りです。 去る8月15日に行ってきました。
 実家のある場所は、行政区画としては陸前高田市内なのですが、津波で壊滅した市の中心部からはずっと離れた漁村の方であり、また家も相当な高台にあるので、幸いにも今回の津波の被害は免れました。
 下の写真は、実家から少し離れた集落のものですが、近景の家々の屋根を見ると、それほどの被害には遭っていないことが分かります。
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 実家から車で10分ほどのところにあるお寺の墓地に早速お参りしました。
 墓地内は、倒れた墓石が目立ちます。うちの墓所も、隣のお墓の墓石が倒れて寄りかかってきているという、大変に危険な状態にあったので、つっかえ棒などの応急処置がお寺によってなされていました。
 お供え物、お線香などを準備します。 子どもたちは、こういうのを普段見慣れないので、興味津々でおじいちゃんの手先に注目しています。
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 それで、「おじいちゃん、おばあちゃん、こんにちわ。 みんな揃って来ました」
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 お墓への水まきは、水遊び好きの子どもたちが先を争ってやっていました。
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 ソワも、おじいちゃんに教わって、花やお供え物を並べ、線香を手向けます。
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 これで、今回の最大訪問目的を達しました。
 墓所からお寺の本堂の方を見ましたら、こんな風景が見えました。
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 写真中央左半分には、家々が立ち並んでいます。 これに隣接する右半分にも、以前は同様に家がたちならんでいました。 これが、津波によってちょうど切り取られるように、右半分の地域だけさらわれてしまったという様子です。
 これに類する光景は、ほかにも随所で見られました。

 お墓参りに続いて、付近の親戚を訪ねました。
 私の叔父の家。 津波の際、2階建ての家の1階部分はほぼ完全に水没したそうで、壁の天井近くに水位を物語る泥の痕がくっきりと残っていました。
 それでも泥やら瓦礫やらを片付け、お仏壇の前に1枚だけ畳を敷いて、こんな状態にしてありました。
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 津波が襲った際の水圧で、壁の1カ所がブチ抜かれていました。
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 でも、このとおり物理的にはまだまだ復興と言うにはほど遠い状態ながら、地元の人々の生活や意識は震災前に復帰しつつあるようでした。

 この翌日、壊滅した市内にある親戚宅の跡地を探しに行ったのですが、こちらの方は残念ながら、あまりの破壊のひどさに目的を達せられませんでした。
 現在の陸前高田市役所。 市の中心部から車で10分ほど行った高台に、この通りの仮設住宅のような状態で機能していました。
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 市内の様子については、私も個人的にいろいろと感じること、思うことがあり、それについてはまた改めて書きたいと思います。

お盆に仙台へ帰省 [日常]

 14日から仙台に来ています。 我が家の子どもたち3人は、長時間公共交通機関に乗せると大変なことになってしまうので、ちょっと運転は疲れますがここのところしばらくはいつも車です。 5月の連休の時もそうでした。
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 ちょっと車の話になってしまうのですが、私のはもう12年使っているプジョー106です。 これを入手した当時、私はまだ独身でした。 だから全長3.7メートル、2ドアハッチバックのこの車でも十分(というか、一人で乗り回すには好適なサイズ)だったのですが・・・  車を買い換える機を逸しつつ、子どもが3人になってもまだこれを使い続けています。 3人とも小さかったうちは、それでも大丈夫だったのですが、子どもたちも大きくなって、特にジュンは後席にひしめいて座っているのがかなりきつそうになってきました。 それに2ドアなので、後席のベビーシートへのソワの乗せ降ろしはなかなか大変です。 
 家内からも子どもたちからも、大きい車への買い換えを今までに何度か要求されたのですが、私はこの車が大変気に入っており、また愛着も思い出もぎっしり、という感じなのでそのままにしていました(もちろん出費の問題もあります)。 でもこのような状況になり、そろそろ限界かな・・・ と思うこの頃。 
 しかしとにかく、現実に今我が家にあるのはこの車しかないので、子どもたちを後席にびっしり詰め込んで出発しました。

 ルートは5月の帰省時と同じく、都内 → 常磐道 → いわきから磐越道 → 郡山から東北道 → 仙台、 というルートにしました。 これは今回も正解で、途中常磐道の入り口で20分ほど混んだ以外は渋滞は全くありませんでした。

 子どもたちは、狭い車内に閉じ込められているので、次々に休憩を求めてきます。
 PAやSAで 「ちょっと遊んで行きた~~い」 なんてことにつきあっていると、あっという間に1時間や1時間半が過ぎてしまいます。
 でもまあ、上記のように私の未練みたいなもので子どもたちをこの狭い車に押し込めているわけだし、なんて思って、途中ちょくちょく休憩を取りながら行きました。

 5月の時と同じ、磐越道にある阿武隈高原SAの遊び場にて。
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 こんな調子で行ったので、朝9時半頃出発したのに、仙台に着いたのは夕方5時過ぎ。
 渋滞はあまりありませんでしたから、車が走っている時間は5時間弱。 だから休憩時間が3時間以上。 とにかくうちの3人連れは余計な時間がかかりすぎます。

 ちょっと遅くなってしまったので、この日の夜は近くのスーパーで買ってきたお弁当ということになってしまいました。
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 でもおじいちゃんが孫たちに曰く、「普段はだーれもいなくて、物音一つしないような家なんだから、急に騒がしくなって、お盆で来ているホトケさんたちも、一体これは何が起こったんだって思っているよ、きっと」 なんて言って喜んでおりました。
 食事の後、庭に出て迎え火をたきました。 実際に火が燃えているのを見ることが少ないこどもたちは、とても珍しげに、ゆらゆらと揺れる火を見つめていました。

 これを書いている今日はもう18日なので、帰省して以来これまで、
  15日・・・ 陸前高田の父の実家へ、夕方墓参り
  16日・・・ 陸前高田の親戚を訪問、津波の被災地を通過
  17日・・・ 松島水族館へ
  18日・・・ 仙台の家の近辺をドライブ
なんてことがありました。
 これらを順次、これから少しずつ書いていきたいと思います。

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ピナの最近の作品より [子どもたち]

 前からそうですが、ピナは最近とくにお絵かきや工作を熱心にやります。
 そんなピナの最近の作品から抜粋。

 おかあさんの絵。
 まあ、どう見ても家内に似てるとは思いませんが、奇抜な色づかいが印象的。
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 よく見ると、紫色に塗った髪(ちなみに家内は髪を染めてません)の先の方が切ってあります。 これは、「おかあさんが床屋さんで髪を切ってもらった」ことを表すんだそうです。



 次は猫の家族。
 まず子猫。(ピナとしては、「自分」ということらしい)
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 次におかあさん猫。
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 最後はおばあちゃん猫。
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 おなかの中にネズミがいるというのが、何ともブラック。
 
 どれもこれも、顔がジグソーパズルやパッチワークです、まるで。 ピナとしては特にこれに深い意味があるわけではなく、とにかくきれいな色に塗りたいから、というのが理由のようでした。 
 また足が5本ある猫がいますが、ピナはそんなことには一向にお構いなし。 それより、足に塗った模様を見てくれとのこと。なんでもソックスをはいているんだそうです。
 

 でも、出来映えはともかく、こういうことに集中してくれるのはいいことだと思うので、これからも応援してあげたいと思います。 ちなみに今日ピナは、おかあさんから「落書きセット」(6色の色鉛筆と文庫サイズの雑記帳がセットになったもの。どこにでも持ち歩ける)を買ってもらったのでした。
タグ: 子供の絵

岩波新書 「ラテンアメリカ十大小説」 [読書]

TÍTULO: Un Libro "Las Diez Novelas Seleccionadas de Latinoamérica"

 以前にこのブログにも登場願った友人のノリくんに勧められて、岩波新書「ラテンアメリカ十大小説」(木村榮一 著) を読みました。
 Recientemente, mi amigo Nori me recomendó leer un libro titulado "Las diez novelas seleccionadas de Latinoamérica", que se escribe por un traductor japonés, especialista de literatura española, Eiichi Kimura.

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 この本が扱うのは、小説と言っても20世紀以降の現代小説のことであり、また紹介されている10人の作家も、北はメキシコから南はチリ・アルゼンチンまで、中南米全体にわたっています。 この本の前書きには、ラテンアメリカ現代小説は 「きわめて前衛的なエクリチュールの手法を用いながらも、小説の原点である”物語”が決して失われていない」 ことが特徴であると述べられています。
 私はもともとは仕事の必要上から、そして今はほとんど完全に趣味としてスペイン語の勉強を続けて(諦めきれずに)いますが、そうした者にとって、やはりその言語で書かれた小説や文学作品を読んで感動したいというのは究極の願い、目標でしょう。 この本にも出てくるバルガス=リョサ、ボルヘス、ガルシア=マルケスなどという小説家は、私もその名前や代表作の題名くらいは聞いたことがあります。 でも、やはり私の語学力ではやはりとりつくことすらままならず、読んでみたいという願望だけで、まるで登りたい山をいつも遠くからそのシルエットだけ眺めるような感じでした。
 そんな私にとって、この本は、「やっぱり諦めずに、いつか読んでやろう」という気持ちをかき立てる効用がありました。
  En este libro se presentan las novelas contemporaneas latinoamericanas de siglo 20. Los autores que se presentan distribuyen toda la latinoamérica, de México a Chile y Argentina.
 En el prólogo de este libro el autor dice que el carácter de esas novelas es que mantienen bien "relato", aunque utilizan un metodología de escritura muy de vanguardia.
  Como estudiante de español, deseaba siempre que lea novelas escritas en este idioma. Pero es demasiado difícil a mí actual.
 Pero este libro me anima que intente a leerlas.


 この本に紹介されている作家のうち、私はキューバのアレホ・カルペンティエルという作家とその作品に大変興味を持ちました。
 私はもう何年もスペイン語を(細々とながら)勉強しているにもかかわらず、この作家の名前を聞いたことがありませんでした。 しかし、カルペンティエルは現代ラテンアメリカ文学を語る上で欠かせない一人であるばかりでなく、キューバでは彼の名を冠した文学賞まであるということで、こんな人の名前すら聞いたことがなかった自らの不勉強と視野の狭さを恥じるばかりでした。
Especialmente, me interesa mucho el autor cubano Alejo Carpentier. Desgraciadamente no sabía su nombre ni siquiera sus obras, aunque he aprendido español muchos años. Pero fue asustoso a mí de que él es un autor inprescindible para contar la literatura contemporanea latinoamericana, y en Cuba, hay un premio de literatura que pone su nombre.

 この作家の経歴や文章スタイルの概論などについてはこの本をお読みいただくとして、この中で特に詳しく紹介されている小説「失われた足跡」(1953) という作品に私はことさらに興味を引かれました。
 『あるヨーロッパの音楽家が、ひょんな事からオリノコ川の支流を遡って、上流の未開集落に行くことになる。 ところが、そこは不思議なところで、川を遡るにつれて時間も一緒に遡り始め、最終的にその集落に着いたときには、そこにはずっと昔の世界が存在していた。 彼はしばらくそこにとどまるが、ある日爆音をとどろかせて一機の飛行機がその近くに不時着する。それは行方不明になっていた彼を捜索しに来た一行であった。 彼はいったんその飛行機に乗り込んで文明社会に戻るが、またその集落に戻りたくなってオリノコ川を遡り始める。しかし、その集落に続く支流の入り口はついに見つからなかった。』
 本書にはこんなあらすじが紹介してあります。 そして、摩訶不思議なこの時間の逆行という要素が、カルペンティエルという作家の中で如何に重要なものであるか、またそうなるに至った背景が説明され、著者はカルペンティエルのことを「時間の魔術師」と呼んでいます。
La descripción sobre su obra "Los pasos perdidos (1953)" me interesa mucho.
 El autor Eiichi Kimura presenta el retrato de esta obra, y también explica su vida, bibliografía y estilos literarios de Carpentier. Kimura dice que el cambio de tiempo muy raro es uno de los elementos importantes en las obras de Carpentier, y le llama como "el mágico de tiempo".

 一応、以前に集英社から翻訳が出ていたようなのですが現在は絶版。 オークションなどには出ていますが、稀覯本に属するらしく大変なプレミアムがついてしまっています。 これではおそらく、神保町を探し回っても同じでしょう。
 そして何より、著者の木村氏曰くの、「手法が前衛的なのに”物語”が失われていない」というのは、この小説に関して具体的にはどうなのか、ということを実感するにはやはり原書に当たるしかないように思います。
 「前衛的なエクリチュール」とはこの小説ではどういうことなのか。 上記のあらすじでは語りきれない、この小説の物語とはいったいどんなものなのか。 
 ・・・ 勉強をがんばって、いつの日かなんとかスペイン語でこれを読破してみたい、というのがこの「十大小説」の読後感でした。
   Se publicó antes una traducción japonesa, pero ahora no se vende. Y sobre todo, para saber la escritura real de su obra, creo que hay que leerla en la lengua original, español.
Despues de leer "Diez novelas", me sintió que quiero leer esta obra algún día en español!

 後日、知っているスペイン語関係の書店を2軒回りましたが、残念ながらどちらにもこの作品を収めた本はありませんでした。 なんか諦めきれない感じで、神保町のイタリア書房にあった、カルペンティエルの別の作品集を買ってしまいました!
La busqué en librerías en Tokio pero no pude conseguir. En una librería cerca de mi trabajo, descubrí un libro de Carpentier, pero la obra "Los Pasos" no se incluía en este libro. Voy a intentar leer este libro para el día que pueda conseguir "Los Pasos" !!
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 この本に収められている作品も、「十大小説」では簡単にですが紹介されていました。「失われた足跡」を入手した日のために、これを読んで予備勉強しようか・・・ 
    ・・・・・
         ・・・・・
   ・・・・・    でも1ページ目の1行目から、やっぱり難しすぎました  ・・・
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子供たちのピアノ発表会 [子どもたち]

 先週、ジュンとピナが通っているピアノ教室の発表会がありました。

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 二人が通っているのは、横浜市内のご自宅でピアノ教室をやっておられる先生のところで、毎年この時期に、全門下生参加でホールを借り切っての発表会をやっています。 総勢約30名です。

 登場の順番は年齢が若い順というのが慣例になっていますが、そうすると今年はピナが1番手ということになりました。

 ピナの演奏。
 ピアノ練習曲集から、1曲目「木馬の兵隊さん」、2曲目「クリスマスの朝」。
 「木馬」のほうは先生の伴奏付き、「クリスマス」の方はまったくの独奏です。


 ピナは習い始めて早くも3年目ですが、この発表会には今回が初登場です。
 ジュンのレッスンにいつもくっついて行っていたので、それを見ながら「ピナも習いた~~い」ということになり、早すぎるとは思いましたが、天才ピアニストの幼少期よろしく3歳から習い始めました。
 でも手が小さいので音階を弾くこともままならず、結局曲らしい曲を弾けるようになったのはようやく今年あたりから。 ということで、今回やっと発表会デビューを果たせました。
 

 次にジュンの演奏。 年齢順でジュンは4番手でした。
 4歳半から習い始めたジュンは、発表会もこれで4回目。 
 まず1曲目は練習曲集から 「思い出」。


 さてジュンの2曲目は、ジュン自らが挑戦を宣言し、練習に励んだモーツァルト。
 ソナタ第11番イ長調 K.331 の第1楽章主題部。


 この曲に挑戦することになったのは、ジュンが学校の音楽の時間に聞いてきたモーツァルトの「トルコ行進曲」がきっかけでした。 ジュンはその曲がとても気に入り、家でも聞きたいというものだから、私が持っていたCDをかけてあげました。
 その際、「この行進曲は、あるソナタの第3楽章であり、ちなみにその第1楽章とはこんな曲だよ」と説明して第1楽章も聞かせてあげました。
 するとジュンは、「トルコ行進曲はまだ難しくてムリだけど、この第1楽章なら何とかなるかも」と発起し、先生に挑戦したい旨を直訴。 先生は「それじゃあがんばってみよう!」 と言ってくださり、それで今回の発表となったわけでした。
 先生は、できればこの主題部に続いて変奏部をどれか一つやらせたいというご意向のようでしたが、やはり現在のジュンの力量では荷が重いと断念。 それで「思い出」を前座として、真打ちのモーツァルトというプログラムにしてくださいました。
 まあそれにしても、小学校2年生で自分の弾きたい曲を宣言し、練習を重ねてこの程度の発表まで持ってこられたことは、我が子ながらよくやったものだと感心しました。
 ジュンが毎日何度もこの曲を練習で弾くので、ここのところ我が家の中は、いつもこの曲のメロディーであふれているような状態になっていました。 まだ2歳のソワまでもが、遊んでいるときなどに「ふーんふふん、ふーんふん、ふーんふふん、ふーんふん」なんて感じで鼻歌を歌っていたりします。 2歳児が鼻歌でモーツァルト・・・ 英才教育やっているんじゃないかと間違われそうです。

 
 ところでこの発表会に使うピナの衣装をどうしようか、直前まで準備していませんでした。
 結局、同じピアノ教室の小学生のお姉さんが、以前に発表会で使った衣装をピナに譲ってくれるという嬉しいことがあり、今回は有り難くそれを使わせていただきました。(そのお姉さんには、ついでに来年の分の衣装まで頂いてしまいました)
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 また髪は、横浜の家に住んでいる私の妹(ピナから見ればおばさん)が、当日結ってくれました。
 なんか想像していたよりも本格的な出来映えになり、ピナは嬉しくて仕方なかったようです。
 
前からの様子。
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後ろから。
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 ところでソワだけは、我関せずと言う様子でこんな感じ。
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 先生や、親切なお姉さんがたのおかげで、よい思い出となる発表会を終えることが出来ました。
 最後はステージで記念撮影のあと、ステージの花を全員にお裾分け。
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 また来年に向けて楽しくやってほしいと思います。
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連休中の仙台にて [日常]

TITULO: En Sendai, los primeros de mayo

 震災の後片付け手伝いに行った、仙台の父の家でしたが、数日にわたる滞在となりましたので、子供たちをときどき遊びに連れ出しました。
Mientras estábamos en Sendai en los primeros de mayo, llevé unas veces los niños a parques o campos cerca de la casa.
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 私はもともとはここら辺に住んでいたわけですが、現在では、生まれてからこれまでの時間の中で、一番長く住んでいるところは東京とその周辺と言うことになってしまいました。 それで当時のことや家の周りの様子なんかは、わざわざそこに出かける事がなければあまり思い出すこともなくなってきました。
 でも、こうして子供たちをつれて遊び場を巡っていますと、仙台なんかは以前より大都市になったとは言っても、ほんのちょっと町から外れるとすぐにこうした自然豊かなところにやってこられます。 やはり元来がこういうところで育ったせいかもしれませんが、本当にこういうのはいいなと思いました。
Alrededor de Sendai, quedan muchos lugares o areas con naturaleza. Estoy descansado de estar y mirar esos lugares.
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 仙台あたりまで来ると、そこら辺に何気なく立っている木の種類なんかも、東京あたりとは違ってきます。
 この日行った場所には、ダケカンバがまことに美しい新緑の姿を見せていました。
Los árboles en Sendai son diferente de los en Tokio. Era primavera temprana, podía mirar las hojas verdes que acababan de nacer.
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 父の家からそれほど遠くないところには、大昔、氷を貯蔵しておいたと言われている氷室の跡があります。 今では、ただの山の中に大きな穴があいている、くらいにしか見えませんが。
En un bosque cerca de la casa de mi padre. Esto es una ruina de un almacén de hielo, que se utilizaban hace varios cien años.
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 ちょっと歩くといろんな物が落ちています。
A los niños les gustan varias cosas de natura.
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 こんなことができるのもこの辺りならでは、です。



 今回の帰省中、ジュンにとって最大の嬉しい出来事は、震災ですっかり先延ばしになっていた(実に1ヶ月以上も!)、誕生日プレゼントを、おじいちゃんから買ってもらったことでしょう。
 今のジュンのことなので、プレゼントはもちろん天体望遠鏡です。
Mi primer hijo Jun consiguió un regalo para su cumpleaños, pero por el terrémoto, ya ha pasado más de un mes despues de eso. Ahora está desempaquetando.
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 こうして、初めて包装を開けるときのわくわくした気持ちは、私も小さい頃、プレゼントなんかをもらうと良く抱いたものだったなー と懐かしい気持ちになりました。 こういう気持ちだけは誰しも、いつでも変わらないんじゃないかと思います。

 2年生になったジュンは、説明書を見ながら一人でここまで組み上げました。
Jun pudo asemblarlo por si mismo, sin ayuda de otros.
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 ただ惜しむらくは、この日も、またこの翌日も、仙台地方は夜の天気に恵まれず、結局帰るまでこの望遠鏡は夜の出番が全くなく、ついに仙台滞在中は星の初観測は果たせずに終わってしまいました。・・・ 残念!
Pero desgraciadamente, hacía mal tiempo todas las noches y en fin no podía observar las estrellas mientras estaba en Sendai !

 でも、やっぱり手元にあると何か見てみたいもの。
 ピナが部屋に置いておじいちゃんをのぞいてみたり・・・
Entonces Hina juega con el telescopio dentro de la casa.
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 結局、東京に帰る日の午前中、望遠鏡を近くの高台に持って行って風景をのぞいてみようということになりました。
Como no podía observar estrellas, intentó observar paisaje.
望遠鏡7.JPG

 この望遠鏡でどれくらい見えるか、ということですが・・・
 下の写真は、この高台から見える遠景です。 遠くの山の上に観音像が見えます。
Como se ven con este telescopio. Mire por favor el gran Buda a la montaña...
望遠鏡6.JPG

 その観音様のお顔に望遠鏡を向けてみると・・・
望遠鏡5.JPG
と、こんな感じでした。

 実は後日、念願かなって初めてこの望遠鏡で夜空をのぞいたとき、ボンヤリとではありますが土星の輪が見えました。 



おまけ:
 仙台の父の家には、古いピアノがあります。 私の兄と妹がしばらくピアノをやっていたので、当時はかなり使い込んだはずのものなのですが、二人とも家にいなくなってからは誰も弾く人がいないので、なんと30年以上も、「家の中にあるだけ」で音を出すことなく放置されていました。
 今回の帰省中、ジュンが「発表会の練習をしなくちゃ」と言って、持ってきた楽譜を取り出して弾き始めました。  このピアノにとっては、実に30年ぶりの歌声です。
 その発表会というのは7月末なので、演奏の方はまだまだ未完成ですが、モーツァルトのソナタで30年の沈黙からピアノを目覚めさせたというのは、なんか素敵なことだと思いました・・・
Por favor lea el comentario en YOUTUBE.
http://youtu.be/TA9NnQxz8og



 練習がまだこの段階の様子を載せられるのは、おそらくジュンにとっては不本意だろうと思いますが、7月の発表会のことをここに書くときには、しっかりとした演奏を載せられるように、練習をがんばって欲しいと思います。

ジュン、「くり下がり引き算」 でつまずく [子どもたち]

 先週の土曜日、ジュンの小学校で 「土曜日授業公開」 なる参観日がありました。
 4月に一度予定されていたのが、震災の影響で延期となったものです。 ジュンが2年生になってから私は学校を訪れたことがなく、2年生の教室が学校の中のどこにあるかも分からないという状態だったので、朝から出かけて、授業の様子を見てきました。
湯島小学校.jpeg

 学校内は写真撮影がいっさい禁止だったので、ここに様子を載せられないのが残念です。
 参観が土曜日とあって、私みたいな父親連もたくさん来ていました。

 当日の時間割は1時間目が国語、以下4時間目まで 音楽、算数、また国語、という順番でした。
 ですが当日、私にとっての一番の見もの(?)はやはり、3時間目の算数でした。

 2年生も5月末に入って、授業では「くり下がりのある2桁引き算の筆算」が行われていました。
 「72-45」とか、「63-28」みたいなやつです。
 すでに1,2回授業があったらしく、まず筆算の仕方の復習から入り、その後、先生が黒板に問題を10問ほど書き連ねます。 そして、適当に生徒を指名して前に出てこさせ、黒板にその計算と答えを書かせるというところが始まりました。
 さて、ジュンですが・・・
 「では第5問は、ジュンくん。」
--- ああ、当たってしまった。

 呼ばれた生徒たちは次々と黒板に出て行って、さっさと計算を始め、横に引かれた線の下に答えを書いていきます。
 ところが ・・・ いつまで経っても、ジュンが黒板のところに現れません。 見ると、ジュンは自分の机のところで貧乏揺すりをしながら、「え~~、 わかんない・・・  できない・・・」とつぶやいているではありませんか!!
 結局、強制的に黒板のところに呼び出されたジュンは、先生に助言をしてもらいながら何とかその場は許してもらい、自分の席に帰りました。
 その後もジュンは調子が悪く、問題を出される度に、補助の先生がジュンの机に付きっきりで面倒を見るという光景が現出しました・・・

 こういう光景を見てしまったからには、やはり父親としては少し助けてあげないわけにはいかないでしょう。
 まあ、こうなるまで親が気付かなかったことを恥じ、反省したということもあります。
 というわけで、その日の晩、ジュンを相手に少し算数の先生をやってみました。

   ******** *********** *********** *********** *************

 72-45 という計算を考えます。
 ここで被引数の72ですが、ジュンみたいなのは、この数字の本質的な理解がそもそも出来ていないのです。
 「ななじゅうに」 という読み方のとおり、ここでは数字「2」はこのまま2を表していますが、数字「7」は、「なな」ではなく「ななじゅう」を表しています。 
 ただ単に数字が二つ並べられただけなのに、その表す実際の数値が、書かれる位置によってこのように異なっているという「位取り記数法」の理解は、これを初めて学ぶ子供たちにとって、実は大変に難しいことのようなのです。

 数学者の矢野健太郎先生は、数学教育に携わったご自身の経験を書いた著書の中で;
  「じゅうご」と書いてごらん、と命じられた子供(小学生)が、「" じゅう " は10、 " ご" は5、 だから " 105 " だと書いたら、先生に違うって怒られたんだ」 と答えた
 という例を挙げ、この子に正しい表記法を分かってもらうのにどれほどの長い時間と練習が必要だったかを書いておられます。 そして、位取り記数法の歴史を解説され、この記数法は "数を数える" という人間の自然な感覚とはかけ離れた抽象的な概念であること、従ってこの習得には正しい教授法による正確な理解と、慣れのための多数の練習が必要であることを力説しておられます。
 そして、実は我が長男ジュンも、この「105」の例の子にかなり近い状態であったことが、図らずも今回の学習で明らかになりました。

 「くり下がり引き算」の要点は二つです。
  (i) 十の位の数から10を抜き出し、これを一の位の数に加える。
  (ii) 10を抜き出された十位の数は、抜き出された分、その数字を1だけ小さくする。
 あと強いて言えば、引数についても、一位の数と十位の数を分けて引く ( 45を引くならば、5 を引いてから 40 を引く、と考える)という事でしょうか。
 言葉で書いてしまえばなんてことはないようですが、この「10を抜き出す」とか「抜き出した分だけ小さくする」などというのは、ジュンみたいに「位取り」の基本が理解できていない子にとってはなかなか侮れないシロモノです。
 
 したがって、72 を 「12 + 60 」 という形に分解することから始めます。
 試みにジュンにこれをやらせてみますと、「位取り記数法」が分かっていないことがたちまち露呈します。
 下は、これをやったジュンの計算経過です。

DSCF2104.JPG

 72から12を抜き取るところまでは一応出来ています。 しかし、次の「60」を求めるために、
 まず 12に10を足して 22。
        20を足して 32。
 これを10ずつ繰り返してようやく、
        60を足して 72 にたどり着きました。

 なぜこうなってしまうのか?
 ここで考えられることは一つです。 ジュンには、72の十位の「7」が、「ななじゅう」ではなくて、「なな」にしか見えていないのです。 ですから、「12 に 60 を足すと、十の位どうし、1 と 6 とが足されて 7 になり、最終的に 72 になる」 という風に考えが行かないのです。
 この状態では、「くり下がり引き算」など出来るわけがありません。

 矢野先生の本では、マッチ棒を10本ずつ束ねて十進位取り記数法を理解させる試みが載っていますが、さすがに2年生を相手にそこまでは戻れないので、ジュンにはとにかく計算をやってもらうことにしました。

   45 = 15 +     
   76 = 16 +     
   38 = 18 +      
   84 = 14 +      
     ・・・・・・・・
     ・・・・・・・・

こんな計算問題を適当に20問くらいこしらえて、延々とやらせました。
ジュンはべそをかきながら、上に書いたような時間のかかる方法で、30分ほどもかかって何とかやり遂げました。
DSCF2096.JPG

 それで自分のやった答えを見てもらいます。 20問もやると、さすがにジュンのような子でも、ある法則性に気付き始めます。

   45 → 30
   76 → 60
   38 → 20
   84 → 70

 それぞれ15, 16, 18, 14 という数を抜き出した後の数字は、十位の数が、「もとの数」の十位の数よりも1だけ小さくなっています。
 これに気付いたところで、今度はこの事実だけを手がかりに答えを出してみるように促します。 先ほどと同じように、

   35 = 15 +     
   89 = 19 +     
   41 = 11 +      
   66 = 16 +      
     ・・・・・・・・
     ・・・・・・・・

などと問題を出し、上で見つけた法則性を機械的に適用して答えを書いてみるように言いますと、今度はものの見事に、20問を3分足らずで全問正解です。
 ここですかさず、
   (i) 「15」の十位数「1」は、実は「1」ではなく「10」を表しており、したがって
     「15」とは「10 + 5 」ということである。
   (ii) だから、「35」からこの「1」が引かれると、その十位は2、すなわち20になる。
と追い打ちをかけて、理解の完全を期します。

 理解の確認のため、次の問題もやらせました。
   35 = 25 +     
   89 = 39 +     
   41 = 21 +      
   66 = 46 +      
     ・・・・・・・・
     ・・・・・・・・
 
 最初は少し戸惑っていましたが、数問の戸惑いを突破すると、後は機械的にどんどん行きました。
 「十進位取り記数法」が一応理解できました(「一応」を卒業するには、あとは練習を通じて慣れることでしょうね)。
 これで「くり下がり」の最大の関門を突破しました。

 あとは引数の方ですが、これは一位と十位とに分けて順番に引き算をしてもらいます。
 このように引数を分けたり、順番に引くなどの計算をして良いのか、という質問に対して数学的に厳密に答えるためには、本来は数式におけるカッコの使い方、正負の数の計算までをも持ち出さなくてはなりません。 このことを見ても、「くり下がり引き算」が実は高度な内容を含んでいることが窺い知れます。
 ジュンにもこのことを聞かれかけましたが、相手が小学校2年生では、ここは常識的に許されるという説明で前に進むしかないようです。

 それで最初の問題 ( 72-45= ) の答えに至る道筋ですが、
  (i) 72 を 12 と 60 とに分けたあと、12 からは 5 を、60 からは 40 を、それぞれ引く。
  (ii) 上の答えは最初が 7、次が 20 であるから、この二つを合わせた 27 が答えになる。

 この手順を、ジュンにはこんな風に書いてもらいました。
DSCF2098.JPG

 最初は 12+60 であったのを、ここでは 60+12 にしています。こうしないと、答えの数字と位が逆になってしまって見にくいので。 そしてここでも実は、さりげなく 「加法の交換法則」 を使っています。
 ようやく1問完成です。
 あとは理解しているかどうかを試すためと、慣れるために、たくさん練習をする必要があろうかと思いますが。


 ちなみに、授業参観で見てきた算数の授業では、くり下がり引き算の計算方法について(教科書どおり、ということですが)以下のような手順が教えられていました。

 【 例: 72-45 】
  (1) 一位を引き算しようとしても、2から5は引けない。
  (2) だから、十位の 7 から 10 を借りてきて、一位の 2 を 12 とし、
     十位の 7 の方は貸した分だけ 1 減って 6 となる。
  (3) 12 から 5 を引いて 7。 (一位の計算)
  (4)  6 から 4 を引いて 2。 (十位の計算)
  (5) だから答えは 27。

そしてこれを行うために、計算式中に下のような書き込みを行うように指示がされています。
DSCF2103.JPG

 伝統的な「十の位から 10 を借りてくる」という説明です。
 ただ、この「借りる」ということは必然的に「借りた結果がどうなるか」に対する回答を求めますから、最終的に上の (2) の説明が理解できるためには、「十進法における位取り記数法」の意味と用法とがきちんと理解出来ていることが前提になることは明らかです。
 つまり、(2)の説明にある「7」、「1」、「6」は、いずれも実は「70」、「10」、「60」なのだ、ということが自明のこととして理解できている生徒だけが、この説明に納得し、計算式中のこの書き込みの意味を理解し、この計算法を運用できるわけです。
 この点を理解していないジュンが、先生に指名されて貧乏揺すりをしながらべそをかいていたのはきわめて当然のことと言わなければなりません。

 私との学習が終わったジュンが、上の「学校方式」にマイナーチェンジを加えて、「ジュン方式」を編み出しました。 これがその「ジュン方式」です。
DSCF2102.JPG

 学校では「6」と添え書きする、「10 を貸した後の十位の数」のところを、ジュンは「60」と添え書きしています。
 これは、私が指示したのではなくジュンが自分で (おそらく無意識に) やっていたことです。
 私はこれを見て、ジュンがくり下がりを理解したことを確かめました。
 あとは、これが「身につく」ようにするために練習あるのみです。 毎日計算ドリルをやってもらわなくてはなりません。
 学校から宿題がない日は父親自作のドリルで。 ということで、適当に数を組み合わせて、ドリル問題を現在鋭意作成中です。


 小学校の算数では、生徒がつまずく石が3つあるのだそうですね。
   (1) くり下がり引き算
   (2) 割合(百分率、歩合)の計算
   (3) 分数の四則演算
だそうです。
 この(1)で、定式通りに見事につまずいてくれたジュン。
 (2)、(3)でも、また定式通りにつまずいてくれることでしょうから、そのときには今日のように一緒に勉強したいと思います。 

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